カイシャ本Blog

独自のジャンルを築いている「カイシャ本」の世界の魅力を綴っていきます。

■本日のカイシャ本①:「茨木・勝田の名店 サザ・コーヒーに学ぶ 20年続く人気カフェづくりの本」

こんにちは。

 

今回紹介するのは「カイシャグルメ本」です。「スペックからストーリーへ」と言われるように、今は、素材や機能そのものよりも、それが生まれるまでの苦労話や「それを買ったらどんな生活が待っているのか?」など商品が帯びるストーリー性に注目が集まる時代。それはグルメの世界も同じ。

マンガ「ラーメン発見伝」でいうところの「あいつらはラーメンを食ってるんじゃない。情報を食ってるんだ!」というやつです。

そんな時代に読んでおきたいのが、食べもの、飲みものを扱う企業の影の努力に迫った「カイシャグルメ本」です。

読めば、売られている食べ物や飲み物が、どれだけ希少な食材で作られ、どれだけ手間がかけられ、どんなこだわりで作られているのかがたっぷり書いてあります。だから読むと、一度は食べて見たくなりますし、食べる時には、たとえそれが数百円のものであろうとも、何か、ありがたいものを食べている気になれ、得した気分になれます。いや、こんなことだからデブレから脱却できないのかもしれませんが。

というわけで「カイシャ」の本でありながら、実質「グルメ本」としても使えるということで「カイシャグルメ本」と勝手にカテゴライズしています。

 

そんな「カイシャグルメ本」の中でも、本書は「地方の名店本」。全国各地には、東京在住の人々には知名度がないものの、その地域では盤石の人気を誇り、全国チェーンが出店してこようとビクともぜず、むしろ彼らの方が「これはかなわん」と、退出してしまう。そんなローカルチェーンがけっこうあります。

たとえば、函館を中心に展開し、マックなどが進出してきてもはねのけてしまう絶品ご当地バーガーショップ「ラッキーピエロ」なんかがよい例です。

僕のような東京在住者にとっては、そういう店のことを知ると「発掘感」がありますし、その地域で何十年も勝ち続けてきたのだから、きっと独自のノウハウがある「いいお店」、「いい商品」に違いないという「安心感」もあります。で、欲張りなことを言うと、東京にも数店出店していると、自分でも買えるのでなおよい。みたいな。

 

その「みたいな」を実現しているのが、本書の「サザコーヒー」です。 

20年続く人気カフェづくりの本 ―茨城・勝田の名店「サザコーヒー」に学ぶ

20年続く人気カフェづくりの本 ―茨城・勝田の名店「サザコーヒー」に学ぶ

 

 

サザコーヒーは、茨城県を中心に13店舗を経営。東京では品川駅のエキナカエキュート品川」や二子玉川駅の駅ビルにも出店しています。年商は約10億円。規模は小さめですが地元茨城では、スタバなど大手のカフェが近くに出店してこようとも、客足はまるで減らず。それどころか向こうが退店してしまうほどの盤石ぶりなのだそう。

ちなみに「サザ」とは「且座」という臨済宗の言葉で「さあ、座してお茶を飲んで下さい」の意味だそうです。

 

そんなサザコーヒーの大きな特徴は「こだわりマスターの喫茶店」と「ほどほどの多店舗化」を同時に実現していることでしょう。

業種は違いますが「町の老舗洋食屋さん」と「都内約20店舗のチェーン化」とを同時になしとげている「つばめグリル」のようなポジションともいえます。意外とこのポジションの外食店は少ないので貴重です。

 

さておき。1981年の最盛期には15万件以上あった喫茶店も、現在では7万軒弱と半分以下に。昔ながらの喫茶店、本書の言葉でいえば「昭和型喫茶店」は今や激減してしまいました。ですが、サザコーヒーは今もレトロなただずまいを残していて、店内に入っても、セルフレジ形式を排しゆったり座れるソファで長居OK感が漂っています。

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また、地価の安い地方の利点を生かした広い庭や、カップや生活雑貨などの販売スペースも設置(これは、服を売るだけでなく、雰囲気の合う生活雑貨も同時に販売する最近のアパレル店などがやっていることの先取りともいえます)。

そして本店には創業者である鈴木誉志男会長が選んだアートを展示するアートギャラリーまでついています。

 

さらに店構え以上にすごいのがコーヒーへのこだわり。本書によれば鈴木会長はもともと東京の錦糸町にある行楽施設・東京楽天地で映画の興行プロデューサーをしていたそうですが、お父さんが茨木の勝田市で劇場経営をしていたこともあり、そこを引きとって喫茶店を開業。

その際、「月刊喫茶」という雑誌で、昭和喫茶店界のレジェンド・関口一郎さん(銀座「カフェ・ド・ランブル」店主。103歳で今なお現役!)の記事に書かれたある一節に出会います。「コーヒーを焙煎しなければコーヒー屋じゃない」

その言葉に「そうなのか!」と衝撃を受けた鈴木さんは、すぐさま国産の3キロ用焙煎機を購入し、自店用に改造。

さらに、今度は広島喫茶界のドンともいえる「十日市茶房」の面出清さんと知り合い「コーヒーは素材で決まる。よい豆を買っておけば、商売は後からついてくるんじゃ」とのお言葉をゲット。ホントに「ついてくるんじゃ」と「仁義なき戦い」風のベタな広島弁で言ったのかは知りませんが、これまた「そうなのか!」と衝撃を受け、世界を回っていい豆を探しまくります。

その結果、今では、自店用の焙煎機はもとより、水をよりおいしくするためにNASA開発の「逆浸透膜浄水器」と呼ばれる不純物を取り除く特殊な機械を使うまでに。また、豆も南米コロンビアに自社の「サザコーヒー農園」を持ち、納得いくものを自分たちで作ってしまうまでになりました。

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なお、この農園ですが政情不安などで何度もつぶれ2006年まで1粒も豆が届かなかったそう。それでも、鈴木さんは思いを実現するまで粘りに粘って今の状態を築きあげたようです。

UCC,ドトールなど大手企業ならいざしらず、茨木の「こだわりマスターの喫茶店」が農園を持つというケースは極めて稀。「こだわりマスター」というが、こだわりすぎです。いや、それ以上に、NASAも自分の作ったものが、まさか北関東の喫茶店にあるとは思ってもみなかったでしょう。

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 こうしてこだわり抜いた素材と機械を使って作ったコーヒーを、日本のバリスタ大会で決勝戦に残った6人中、3人がサザコーヒー出身者という最強のコーヒー職人軍団が入れてくれる。入れ方も、サイフォン、フレンチプレス、ネルドリップなど、時代が求める味にあわせ変化させ来店者を飽きさせません。

さらに、コーヒーだけでなくサイドメニューもうまそう。

  • 千疋屋などに果物を卸す茨木「村田農園」の苺を使った「いちごシェイク」。
  • JA茨木旭村が栽培したメロンをふんだんに使った「メロンシェイク」。
  • 長崎カステラの元祖」・福砂屋の製法を応用した「サザのカステラ」。

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「そんなん言われたら食べたくなるでしょうよ!」と思わされるラインナップ。

 

本書を読んで影響を受けたチョロい僕は、すぐさまエキュート品川で「1杯取りカップ9種類入り」(1000円)を買ってしまいました。

味は、僕が「庶民の舌」なこともあり、9種類の違いがさほどわからないところもあるのですが、高級な酒が「水みたい」だと思うように、とてもすっきりしていて飲みやすいです。また、飲んだ後の独特の酸味もいい感じだと思います。

他にも、本書にはサザコーヒーの考え抜かれたこだわりの数々が書かれていますし、カフェを開業してみたい方々への開店マニュアルとしても読めるようになっています。なので、興味のある方は読んでみてください。

 

また、創業者の鈴木さんは2003年に「日本人のコーヒー店」というカイシャ本を出版。「アメリカンコーヒー、イタリアンコーヒーなどがあるように独自の文化を持つ日本にはジャパンコーヒーの文化が築かれるべきだ」という独自のコーヒー哲学を綴っておられます。それも読んでからサザのものを飲んだり食べたりすると、より美味く感じることと思います。

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ちなみに本書の紹介は以上ですが、個人的には日本の「喫茶店ビジネス」の異様なハイコンテクスト化に面白さを感じています。

⓵”そこにしかないレトロなお店”である「街の喫茶店」→

 

②そのアンチな”どこでも味わえるスマートなカフェチェーン”の「ドトール」や、

 その洗練形態である「スタバ」→

 

③そのまたアンチとしての”レトロなチェーン店”「コメダ珈琲」のブレイク→

 

④そのまた対抗形態である”あえてレトロなチェーン店”の「星乃屋珈琲」

ドトール&日レス)や「ミヤマ珈琲」(ルノアール)→

 

⑤そのまたアンチな”そこにしかないスマートなカフェ”の「清澄白河系」ショップ→

 

⑥そこからさらに進化した”ちょっとだけ多店舗化したスマートなカフェ”である

 「猿田彦珈琲(都内8店舗)」的なるもの…

 

…ここまで「カフェの生態系」が複雑になってくると、逆に一周して⓵の方が一番新しいということにもなってくるかもしれません。

そして実際に、「サザコーヒー」は、⑥のそのまたアンチである”ちょっとだけ多店舗化したレトロな喫茶店”という最先端の位置づけに期せずしてなっているともいえそうです…